火床へ点火されてると思っていました。
『第1回目から実行を委託されてきた宮城野青年会の若者たちだ。 彼らは、6月第1週目から毎週日曜日に1人約20キロの荷物を背負って険しい山に登り、陰もない灼熱の太陽の下、タイマツの材料となる篠竹(女竹)を刈り取ったり、乾燥させたりという準備に入る。
8月16日の当日は、重油なども加わり荷物の重さは40キロを超える。急斜面での作業は危険であり重労働だ。
しかし彼らは頑なまでに郷土の伝統文化を守り続けてきた。人々の喜ぶ顔、夜空を染める炎が宮城野っ子魂を燃やすのだ。祖父から父へ、そして息子へ。21世紀にもその伝統は受け継がれた。』
今年も花火は夏の夜空を彩ります。
見せる人々と見る人々。
花火は毎年自動的に上がるものでは無く、この伝統行事を次世代へとつなげようとする人々がいるのですね。
私を筆頭に、そんな当たり前のことを意識していない人がどれだけいるのでしょう。花火の鑑賞に、わざわざ裏側の仕掛けや努力を考え、感謝しなさいという必要はないけれど、自分の感動は、自分だけでは味わえないということを知ることは大切だと思います。お祭りに来て、街を汚したりする人は減るかもしれませんしね。
夏が来ます。
箱根大文字焼、もうすぐです。