今年、箱根写真美術館は開館3周年を迎えることができました。
小さな小さな美術館が生まれてから、よちよち歩きでここまで来れたのも、みなさまのご協力があってこそだったなあと、改めて実感し心より御礼申しあげます。
そして、この記念すべき年に、鳥取県日南町美術館との文化交流展が実現します。
遠方にある文化施設の所蔵作品を交換展示することにより、より多くの方々に芸術作品に触れていただく機会を提供できること、また各地域への理解を深め、町同士の交流の場となることを、大変嬉しく光栄に思っています。
当館では「足羽俊夫展-夢と祈りの内面世界-」と題し、1961年よりフランスへ渡り、現在までパリで作品制作を続ける氏の油絵・版画・デッサンなど約35点を展示します。
また、足羽氏の作品も一部購入できる作品もあり、貴重な機会となりそうです。
そして、当館の遠藤桂による富士山写真は日南町へと出張。
日南町美術館にて「遠藤桂写真展-富士の息吹のなかで-」を開催致します。
さまざまな表情の富士が約40点展示され、遠方の方々に富士の美しさを改めて感じていただければ、と思います。
とても小さな個人美術館が、公立の美術館とこうした交流展を開催できるという機会は、なかなかないものです。
どうして、こんなに素晴らしい企画が実現にいたったかというのは、本当に人と人とのつながり、縁によるものなのです。
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2003年、12月。
パリで遠藤桂氏の富士山写真展を開催しました。
そのために渡仏したときにパリのギャラリーを探索して歩いていました。
Cite des Artsというギャラリーではよく日本人のアーティストが展覧会をしている、との情報を得て、ふらりと足を運んだのでした。
そこで個展を開いていたのが足羽俊夫画伯だったのです。
足羽先生は1961年にフランス政府の保護留学生としてパリ国立高等美術学校に入学して以来、パリを拠点に芸術活動を続けていらっしゃる方でした。
私は専門的に美術を学んだことはありません。
ですが、こうして日本人で、異国の地で芸術活動を続け、発表している方がいる、という事実と作品を目の前にし、熱心に鑑賞させて頂いていました。
そして、会場にいらっしゃった足羽先生が話し掛けて下さったのです。
少しおしゃべりをした後、「普段はあまりしないのだけど、熱心にご覧になってるようだから」と作品説明や制作についてお話をしてくださいました。
先生の作品は力強く、生き生きとして見えました。
今も制作を続けている、進行形のエネルギーだと思います。
そして、自己紹介をし写真展の片付けの為にパリに来ていること、箱根で小さな個人美術館を運営していることなどをお話ししました。
足羽先生もまた春には日本で展覧会をやるから、そのときにでも、とお別れしました。
そして私は日本へ戻り、展覧会後の資料まとめやら、年末の片付けに明け暮れていると、1通のエアメール。足羽先生からのクリスマスカードでした。先生の版画を一枚一枚刷っている、素晴らしい作品といえるカードです。
早速御礼の手紙を送りました。
そして春。足羽先生の展覧会は九州と鳥取の二箇所です。伺えそうにありません。
日本でのご連絡先を伺っていなかった為、先生が名誉館長を務め多くの作品を収蔵されている日南町美術館へとお電話をいれました。
先生からお名前を伺っていた主任学芸員、浅田裕子さんと、このとき初めてお話しました。
私からの伝言を受け取られた先生はすぐに私にお電話をくださり、その時に「来年あたり、あなたの所で私の個展をやってくれませんか?」とおっしゃられたのが、はじまりでした。
はじめは当館の2Fギャラリーだけで開催する予定だったのです。
ですが、日南町美術館へ伺い、浅田学芸員とお話をし、あれよあれよ、という間に交流展にしましょう、と。
あとはもう、わからないことの連発です。
本当に実現できるかどうかも自信はありませんでした。
私はありとあらゆる諸先輩がたに話を聞き、助言をいただくばかりか、お力をお借りすることもしばしば、簡単なこともわからずに、浅田学芸員に確認をし教えてもらいながら、ここまで来ました。
足羽先生とはパリ-日本の時差をこえ、電話とファックスでのやりとりが続きました。
まもなく両会場の展覧会がスタートします。
展示はうまくいくか、オープニングのイベントはうまくいくか、皆さんに分かりやすく楽しんでご覧いただける展覧会ができるか、まだまだ心配はつきません。
ですが、足羽先生の素晴らしい作品が当館へやってくるのも、間もなくです。
緊張と嬉しさが交差します。
きっといい展覧会になると思います。
できるだけ、多くの方にご高覧いただけますよう。
詳細はこちらをご覧ください → http://www.hmop.com/nichinan.html