四季折々、私達を楽しませてくれます。
厳しい冬が過ぎ、春の桜を迎えると、山々は段々と芽吹き彩り豊かになります。
おだまき、紫陽花、ヒメフウロ、夏は螢ぶくろ、山ゆりにサンショウバラ、茗荷、青シソ、すみれ…。ほおずきが赤く染まる頃には、しゅうかいどう、ほととぎす、みずひき草、アザミ、野菊、りんどう、、、、、。
はじめは、「かわいい雑草だな、この花はこの季節に咲くのだな、おもしろい形だな」という程度でした。
私は「雑草」という言葉を軽蔑的に使っていたわけではなかったのですが、園芸師の方に「雑草」ではなく、ひとつひとつにちゃんと名前があり、よくみると実に美しいものである、というお話を聞き、改めて、ひとつひとつを見てみると、当然ながら葉の形が違い、生える場所が違い、虫眼鏡が必要なくらいの小さな花を咲かせているもの、良く見ると奇跡的な形状をしていたり‥‥。
こんない個性豊かな形を「雑草」とくくってしまうのは確かに草花に失礼でもあり、気付かなかった自分も愚かで、損をしていたような気にさえなってきました。
以後、色々な命が目に付くようになりました。
また同じころ、お茶のお稽古をはじめたので、季節の山野草を愛でるということに興味が湧きはじめた、、、というところでしょうか。
やはり花にも洋種、和種があり、趣きの異なること然り、です。
都会の生活で見ている花には洋種が多かったように思います。
洋種と思い込んでいた、というものもあります。
花屋で売られる花が山に自然に咲いているのを見つけ、当たり前のことなのに違和感がある、おかしなことです。
我が美術館の庭やまわりにも山野草はあちこちに顔を見せます。
もちろん育てているのではなく、勝手に育ってくれる花々を勝手に楽しませてもらい、茗荷や青じそ、むかご等は恵を食卓にまで頂いています。
箱根は冬には室内でも零下になるので、耐寒性の花でも枯れてしまいます。
お花屋さんにきいても、「箱根では春まで待つしかない」と言われ、がっかりしたこともあります。
でも、それでいいのかもしれませんね。
冬にじっと土の中、雪の下で耐え、春にはしっかり芽を出してくれる草花の命を思うと、より愛おしく思うものかもしれません。
そして、野草の美しさに気付くと同時に、破壊の危険性も感じるようになりました。
箱根は都会にくらべれば多くの自然が残っていますが、当たり前と思っていては、大間違いなのですね。
観光地として沢山のお客様に来て頂くことが最優先とされ、どんどん開発が進んでいますが、開発の前段階に、住民や関係者のひとりひとりが、自然の大切さに気付き、自然を守ること、そうした意識をもつことが、長い目で見た時に箱根が観光地として栄えることに繋がるはずです。