ブワナ・クブア氏のアフリカンエッセイ

その28・「アフリカに雪を見た
  目を覚ますと白み始めたサバンナは一面の雪景色に変わっていた。「ここは何処だっけ」ぼんやりした意識が懸命に問い掛ける。定員10名の窮屈な乗合タクシーで、身体を斜めにしながらもぐっすり寝込んでいたらしい。車は夜を徹してマリ共和国を北上し、目的地であるニジェール河畔のモプティのすぐ近くまで来ていた。

「なんだ、幻か」

寝ぼけ眼に雪景色と映ったものは、実は砂景色だった。白い砂の海は、うっすらと積もった雪の風景によく似ていた。いつの間にかサバンナからサハラ砂漠の南の縁に入り込んでいた。

「なんだ、またか」

 

 僕は2日前にも幻の雪に出くわしていた。同じく乗合タクシーの中だったが、西アフリカの日差しと土埃の中で幻は始まった。車窓にほわりほわりと綿雪が降ってきた。不思議な気持のままにしばらく走ると、道の両側に広大な綿花畑が出現した。そこから綿花が弾けて飛んできていたのだった。日本でも綿の栽培など目にしたことはない。綿のような雪…初めて綿花の飛ぶ光景を見て、「綿雪」というネーミングに改めて感心してしまった。

 赤道直下のアフリカ大陸で雪に出合うことは大それた望みかというと、決してそうではない。偶然にも恵まれて本物の雪を目にしたことが一度だけある。スワヒリ語学校の週末休暇を利用して、インド洋に面したケニア第二の都市・モンバサのビーチに遊びに行った時のことである。夜行列車は500キロを13時間で走る。帰路、四国ほどの面積を持つツァボ・ナショナルパークを抜けた辺りで、列車は立ち往生した。アナウンスもない。動き出す気配もないままに3時間ほど経過した。早朝にナイロビに着き、そのまま学校に直行して授業を受けるつもりだった僕らは、遅刻の理由をあれこれ考えたりしていた。そのうちに夜が明けてきた。すると左後方に、朝焼けのキリマンジャロが浮かび上がってきた。僕らは歓声を上げた。その山頂に「雪」を望めたからだ。通常通りの運行なら漆黒の闇の彼方だったはず。昼間でもその山頂にはいつも雲がかかり、めったにお目にかかれないものと聞いていたからなおさら感激だった。

 上:モンバサへの鉄道の旅は半日がかり
 下
:朝のナイロビ駅

 

 僕はヘミングウェイの短編「キリマンジャロの雪」を思い出さずにはいられなかった。その冒頭にはこう記されている。

「キリマンジャロは高さ5895メートルの、雪に覆われたアフリカ大陸の最高峰といわれる。西側の頂は「神の家」と呼ばれ、その頂上のすぐそばには、ひからびて凍りついた一頭の豹の屍が横たわっている。そんな高い所まで、その豹が何を求めてきたのか、今まで誰も説明したものはない…」

スワヒリ語で「輝く山」を意味するキリマンジャロの雪や氷河は、地球温暖化の影響で2015年にはなくなってしまうと予想されている。僕らが目にした山頂の雪の輝きも、もうすぐ幻になってしまうのかも知れない。

列車は一日に2〜3本しか通らない

ブワナ・クブア=(スワヒリ語で「でっかい旦那」の意)と呼ばれた男のアフリカ滞在日記
ブワナ・クブア氏のプロフィール
1986年 ナイロビの「ケニア・スワヒリ語学院」遊学後、
エチオピア、スーダン、エジプトを旅する。
1987年 西アフリカ・コートジボアール、マリ共和国の
テキスタイルの製作現場を訪ねる。
1991年〜 西アフリカの砂漠化防止を目的とする
NPO法人「サヘルの森」運営委員

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