「胡

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籔内佐斗司エッセイ「やぶにらみ」

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籔内佐斗司氏作
「月のわらべ」ブロンズ

 

 

 七福神のなかで唯一わが国固有の神さまに「えびすさま」がいます。この名称は、もともとはヤマト朝廷から見た先住民を意味し、漢字で「夷」「戎」「胡」などと表記しました。これらの文字はいずれも古代の中国王朝が辺境民族を指した呼称に由来します。

 中国大陸の中原に覇を唱えた各王朝は、東西南北に跋扈する諸民族を「四夷」と呼び、東方を「夷」、南方を「蛮」、西方を「戎」、そして北方の周辺民族を「狄」と分類しました。そして、唐の頃には「狄」と「戎」の両方を合わせたユーラシア人の総称として「胡」が定着しました。

 国際都市・長安は、シルクロードを通ってやってくる「胡」の商人を始めインド、チベットの僧侶など多様な民族のるつぼでした。随・唐時代に完成し、朝鮮半島を経由して仏教とともに日本にもたらされた「伎楽」という仮面芸能があります。天平時代に東大寺大仏開眼法要などで脚光を浴びた芸能で、さまざまな民族の特徴を誇張したキャラクターが登場します。なかでも目を引くのが、「胡人」です。そのなかの「酔胡王」は酒に酔った西域の王、「酔胡従」はその従者という意味です。いずれも鼻が高く頬骨が張っていかつい大きな眼をしています。最近テレビでよく見かける中央アジアの人たちとそっくりで、当時の彫刻家の表現力に驚かされます。

 「胡」という字を含むことばをあげてみると、胡麻、胡椒、胡弓、胡琴などがあります。「胡麻」といえばアラビアンナイトの「開け、胡麻」の呪文を思い出します。「胡散臭い」「胡乱(うろん)」などというあまりいい意味でない形容詞もあります。「胡散臭い」の「胡散」とは、西域からもたらされた得体の知れない不思議な粉という意味でしょう。なにやら「胡」の連想ゲームは現代を鏡に映したようで、アメリカを襲っている「白い粉」のテロを思うと、しゃれにもなりません。

 昨今の中国経済の急激な膨張や今回の同時多発テロ以来、わが国も中国から中央アジア地域について無関心ではいられなくなりました。石油の利権以外で日本の政治が「胡」に目を向けることは、天平以来のことでしょう。しかし工芸分野では、正倉院御物や茶道具をはじめ、仏像の様式や仏具、楽器、織物など、予想外に「胡」に源泉を見い出すものの多いことに驚かされます。

 イスラムの遊牧民にとって絨毯は持ち歩く床として、またアラーへの祈りを捧げる聖なる道具としてなくてはならぬものですが、その嗜虐的なまでに手の込んだ幾何学文様はため息が出るほど美しいものです。高価で精緻なペルシア絨毯は、好景気の国でブームを巻き起こすといわれます。日本もバブル時代、ペルシア絨毯の店が雨後の筍のようにできたのは記憶に新しいことです。

 またその頃、この地域からたくさんの出稼ぎ労働者が訪れ、建築現場は屈強な「胡人」で溢れ、通りには怪し気な日本語で誘う物売りを多く見かけました。上野の西郷さんの周りが彼らで埋め尽くされたこともありました。それまで遠い存在であったシルクロードの民の行動力と逞しさを目のあたりにした思いでした。

 ソ連が崩壊したとたん、中央アジアにはたくさんの独立国家が生まれ、まるで五胡十六国時代の再来のように感じました。そしてタリバンによってバーミヤンの大石仏が爆破された時、宗教と文化遺産の厳しい現実について考えさせられました。世界中にグローバリゼーションという自国の文明を押し付けたアメリカが、精悍で神出鬼没の「胡」の末裔たちに振り回されている現在の姿は、ちょうど彼らの侵入に悩まされ続けた歴代の中国王朝と重なって映ります。国家対国家の古典的戦争の時代が終わり、国家連合同士の覇権争いになった二十世紀を克服したとたん、唯一最強の超大国が見えない敵の標的になって苦戦しています。世界は、経済やイデオロギーによる戦争ではなく、宗教という原理的な理由で殺戮が行われる時代に舞い戻ってしまった今こそ、文明ではなく文化の持つ力に希望を繋ぎたいと思います。

月刊美術  2001年12月No.315より抜粋
(彫刻家 籔内佐斗司)

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