私は機械音痴です。それもきわめて重傷です。
何度教えてもらってもマニュアル操作のカメラの扱いがわかりません。テレビとビデオの切り替えも、リモコンのボタンをいろいろ押しているうちにたまたま画面が変わってくれるのを期待するありさまです。幾度劣等感に涙したことか。
そんな私がパソコンを購入したのは三年前のことでした。コンピューターに詳しい古い友人が経営している事務所を訪れたとき、ずらりと並んだパソコンのデイスプレイを見て「かっこいいな」と思い、「ひともすなるパソコンをわれもしてみんとてはじめるなり」、購入の動機はその程度でした。
私の希望を聞いて友人が機種を選定してくれました。私がわかるのは値段だけです。判断にこまると「値段の高い方」にしておきました。 二週間ほどしてたくさんの機材が運び込まれ、お店のひとが手際よく組み立てていくのを遠くからそっとのぞいていました。
機械前面のすっきりした感じやおしゃれなかじりかけのりんごマークとはうらはらに、後側のごちゃごちゃとからまったコードがこの機械の怪しさを象徴しています。
販売店のインストラクターがにこやかにやってきて、いろいろ説明をはじめました。そのうち、私の反応を見て不安になったらしく、「えーと、実際に操作をなさるのはどなたでしょうか。」
まわりを取り巻いていた工房のスタッフはいっせいにあとずさりを始めます。 私はファミコンゲームが大好きという一番若い十代のE君を担当者に指名しました。
「これだけの環境(機器とソフトがそろっている状態の程度をこういいます。)がそろっていれば、あしたからでも一流のデザイン事務所がはじめられますよ。」というセールスマンの笑顔の奥には「操作できればね。」と書いてありました。
その後のE君の上達ぶりには目をみはらされるものがありました。工房のしごとが終わったあと、彼ひとり夜更けまでパソコンの前に陣取って、つぎつぎと操作を覚えていきました。
デイスプレイのうえに現れるポインター(画面上で操作を行う場所を指定する矢印でマウスで操作します。)を移動させるスピードが日に日に速くなっているのがわかりました。
私たちの世代は、分厚いマニュアル本をめくりながらきまじめにたった一つの正解を探そうとします。そしてたいていは途中で投げ出してしまいます。しかし、十九歳のE君は画面上のそこらじゅうをポインターでアタックし続けていつのまにか操作をマスターしていったのでした。
私はといえば、たまにひとりで恐る恐る操作していて画面がフリーズ(凍結、動かなくなってしまうこと)したり、恐怖の爆弾マーク(誤操作の連続による記憶回路の破壊を回避するための最終警告)が出たあとの修復などは彼の出番となります。
しばらくのあいだわが工房のパソコンはE君の独占物となっていました。
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