![]() |
|
||||||
|
「恐いから大好きー鬼さん」 (講師:籔内佐斗司) |
||||||
|
籔内佐斗司氏作
|
わが国では、鬼を「おに」という音をあてています。語源は「隠ぬ(おぬ=かくれているもの)」ではないかといわれています。どこかに隠れていて、ある日突然取り憑いて災いをもたらすものという意味で、眼にみえない恐ろしいものの総称であったようです。 中国では「鬼(き)」は「帰(き)」につながり、「鬼籍にはいる」という言葉があるように、「本来のものに帰ることー死ぬこと」を意味し、死霊や幽魂としてたいへん恐れられています。ですから、鬼には目に見える形はありませんでした。「日本書記」でも黄泉の国の住人を「鬼」と表現しています。 ではいつごろから、現在の鬼のイメージである牛の角を生やし牙をむき、巻毛でひげもじゃの裸の大男、恐ろしいけれどどこかユーモラスで愛敬のある存在になったのでしょう。 このことを考えるときに忘れてはならないのが「牛頭(ごず)」のことです。牛頭は馬頭(めず)とともに地獄の羅刹として「地獄草子」などに描かれます。仏教では因果応報といい、生前の所業が死後に報いとなってあらわれると説いています。 ひとはこの世で牛や馬を使役し食用に供してきました。その報いで死後にかれらに責めさいなまれるのです。 そうしたイメージが記憶のひだに刷り込まれて日本の鬼の形象がうまれていったのでしょう。 出典:「楽観道のすすめ」 |
||||||
|
このページ内に掲載した全ての文章、 画像は著作権者の許可無しに使用することを固く禁じます。 |